今回は、Web3.0とDAOをテーマに事業を行うFracton Ventures株式会社から寄稿いただいたコラムをご紹介します。
目次
2月初め、あるグループが行った投票がNFTコミュニティ全体の注目を浴びました。DAO(自律分散型組織)の形式で運営されているNFTコレクターのグループ「ApeDAO」が解散するかどうかを決める投票がグループ内で4日間に渡って行われ、その結果保有するNFTを清算した上での解散が決定したのです。その過程を紐解くと、波乱に満ちた解散劇だけでなく、NFTのグループ保有に関する重要な課題も見つけることができます。
ApeDAOとは?
ApeDAOはNFTを共同で保有・管理することを目的とする「NFTコレクターDAO」と呼ばれるグループの1つで、昨年夏に誕生しました。「DAO(自律分散型組織)」の名の通り、グループの運営は分散化されており、DAOの方向性を決める投票の際には参加者一人ひとりがApeDAOが発行する独自トークン「APED」の保有量に応じた発言力を持ちます。ApeDAOは数あるNFTコレクターDAOの中でも有数の規模を誇る大手グループであり、非常に知名度の高いNFTコレクション「Bored Ape Yacht Club(BAYC)」を1月末の時点で81体も保有していました。これはBAYCの大口保有者として3番目の規模であり、その他全ての保有NFTを合計した資産総額は13,000ETH(約40億円、2月27日時点)と見積もられていました。
では、なぜこれほど大きなDAOが解散という決定に至ったのでしょうか。
解散の経緯
ApeDAOが解散に至った大きな理由は、保有するNFTの価値に対し、DAOがそれを生かした価値を創出できなかったことにあります。先ほど取り上げた独自トークン「APED」は株式会社における株券のようなものであり、DAOの戦略・行動に影響力を行使できるとともに、DAO自体の分割所有権としての機能も持っています。つまり、一般的な株式会社と同様にApeDAOには、APEDトークン保有者のためにその価値を高めるような振る舞いが求められていました。
この視点に立って見てみると、ApeDAOは成功しているとは言えない状況でした。2021年夏のDAO立ち上げ時にはAPEDトークンは10ドルで売り出されていたにもかかわらず、1月末時点の価格は8ドルに沈んでいました。以下のチャートは2021年10月〜2022年1月のAPED価格を示しています。ここから、DAO設立時からの参加者は潜在的に損失を抱えていたということが読み取れます。
興味深いことに、この時点で保有する13,000ETH相当のNFT資産から算出したAPEDトークンの理論価格は16ドルにまで達していました。つまり、APEDトークンは本来得るべき評価の半分ほどしか得られていなかったのです。
なぜこのような事態が起こったのでしょうか。投資しているのはNFT自体ではなく「NFTを保有するDAO」である関係で、投資家がDAOの価値を正しく判断できなかったことがまず考えられます。しかし、それよりも重大な理由が存在します。実は、1月末の清算可否を問う投票の数日前に別の提案が投票にかけられ、否決されていました。その投票では「DAOとして、特定の作業に従事するプロフェッショナルを雇用するか」が問われていました。
ApeDAOの中心メンバーは、DAOの価値が十分に評価されずトークン価格も上昇しない原因は、保有するNFTから十分な価値を創出できていないことにあると考えていました。最近では、人気NFTが企業とパートナーシップを結ぶ例がいくつか登場しています。たとえば、BAYCと同様に有名なNFTコレクションである「Cryptopunks」の発行元であるLarva Labsは、2021年9月にハリウッドの大手タレント事務所「United Talent Agency」と契約し、今後より広範なエンターテインメントシーンに進出していくことを示唆しています。今や、知名度を獲得したNFTはバーチャル世界・現実世界を問わずさらに飛躍できる環境が形成され始めているのです。
そうした状況を踏まえ、ApeDAOは多くのNFTを保有する自らの価値を「多様なNFTのIP利用権を一括でライセンスできる」という点に見出そうとしていました。NFTを商業的に利用したい企業などにとって、多数のNFTの使用権を一括でライセンス提供できるApeDAOとの協力は、数個のNFTしか保有していない個人に個別に許諾を得るよりも魅力的に映るはずで、その点においてApeDAOは価値を高めることができると期待されました。NFTを死蔵せず、資産として有効活用することを目指したとも言えます。従来の「コレクター」DAOというあり方から一歩進んだ攻めの動きに転じるため、実務に当たる人材の採用を目指したこの投票は、残念ながら否決されてしまいました。
これによってDAOの価値向上を目指した計画が暗礁に乗り上げ、解散の可否を問う投票に繋がっていきました。投票では最終的に、解散賛成派が反対派に2倍近い差をつけて勝利しています。しかし、さらに見てみると反対派の票はその多くがただ一つのアドレスによって投じられていることがわかります。
このアドレスの管理者が誰かを特定するのは、ウォレットとその保有者のアイデンティティを結びつけるのに役立つENSを設定していないのもあって容易なことではありません。しかし今回は筆者が独自の調査を行い、管理者を特定することができました。このアドレスはApeDAOの創設者であり、現在DAOの資産を共同管理している4人のうちの1人であるKyloren氏が運用しているものです。
Kyloren氏は自身が創設に深く関わったグループであることもあってか、他の上位管理者が無投票・賛成票を投じるなか、DAOの解散反対に一人で多くの票を投じました。しかしこれに関しても、さらによく調査すると当時保有していた65万以上のAPEDトークンのうち、半分以下となる22万APEDしか票として投じていないことがわかります。この理由についてDAO内でインタビューを行ったところ、彼はコミュニティの意志を尊重するためにあえて投票を絞ったようです。彼の保有しているトークンを全て反対票として投じれば、賛成に投じられた68万票にたった一人で迫ることができます。DAO解散をなかったことにすることもできたでしょう。しかしKyloren氏はそれを選択せず、自分の意志は示しつつも、DAOの行く末をコミュニティのより広い総意に委ねる決断を下しました。
この判断は、純粋な多数決で物事を決定することを原則とする現在のDAOガバナンスにおいて重要な問題を提起していると見るべきです。コミュニティ全体の利益のために、個人はどのような行動を取るべきでしょうか。それは場合によっては、自分の利益を追求しない、権利を行使しないといった利他の精神によっても実現されるのかもしれません。
解散決定からDAO組織の清算へ
ともあれ、このようにしてApeDAOは清算されることになりました。これほど多くのNFTを保有する大規模なコレクターDAOが資産を処分して解散することは過去に例がなく、記事執筆時点でも清算プロセスが進行中です。
当初、DAOは保有する全資産をまとめて他のDAOや個人に売却する道を模索していたようですが、買い手が現れなかったため個々のNFTをオークション形式で売却する方針に転じました。清算決定後の1週間ほどで5件の議案が次々と承認され、BAYCなどのNFTが順次売却されていきました。この売却はApeDAOのガバナンストークンであるAPEDトークンと引き換えに行われています。DAOが解散してしまえばそのトークンは無価値になってしまうため、解散前にできるだけDAOの手元に戻そうとしているようです。DAOの元に戻ったトークンはバーン(ネットワークから削除)されるため、現在のところAPEDの供給量は減り続けています。
現在のところは1日に数十〜数百ETHのペースで順調に資産の売却が進んでいます。しかし清算決定時点での資産総額が13,000ETHと非常に大きく、現在でも約10,000ETH相当のNFT資産を保有しているため、完全に資産を処分しきるにはこれからさらに数ヶ月を要するかもしれません。目下、多くのNFTはそれぞれのNFTコレクションのマーケットでの平均取引価格に近い価格で売却されていますが、今後NFT市場が大きく変動することも考えられるため、最終的にDAO参加者のもとに償還される金額ははっきりしません。市場の動向を見ながら慎重に清算作業を進めることが求められるでしょう。
NFTをDAOで保有することの課題
今回の事例から、NFTを集団(DAO)で保有する場合の注意点が浮かび上がってきました。
第一のポイントは、DAO自体の価値が正しく評価されない可能性があるということです。もともとNFTの価値はコレクションの最低取引価格(Floor Price)に大きく依存するため、正確に算定することが難しいものですが、そうしたNFTを多数保有するDAOの価値を測ることはさらに困難を極めます。DAOの評価額には、NFT自体の価値に加えてそこから生み出されるであろう利益まで織り込まれるべきなのでしょうか。ApeDAOの事例では評価額が低迷している状況を背景にコミュニティがそこまで切り込めず解散という形になってしまいましたが、NFTを集団で保有する際の「集団そのものの価値」の問題はいずれまた現れるでしょう。
第二に、十分に分散化されていないDAOにはリスクが伴うという点が挙げられます。NFTコレクターDAOに限ったことではありませんが、議決権であるガバナンストークンの配分が特定の人物へ集中していると、その人物の意向一つでDAO全体の決定が左右されてしまいかねず、運営を分散化している意味が薄れてしまいます。今回のケースでは、ファウンダーであるKyloren氏は一人で投票結果をひっくり返すことのできる量の議決権を持っていましたが、彼自身の良心によってそれを思いとどまったおかげで、DAOはコミュニティの総意である解散へ向かっていくことができました。またこの裏では、Kyloren氏に次いで第2位の大口保有者であるDingaling氏が、APEDトークン保有者がいつでもDAOから離脱できるようボランティアで分散型取引所に数千万ドル分の流動性を用意してもいました。
こうした善意による行動は素晴らしいものですが、同時にDAOが持つNFTなどの資産が私利私欲のために利用される潜在的リスクを含んでいるということでもあります。本来1人だけが持つはずのNFTの所有権を分散化しようとする試みが最近盛んに行われていますが、仕組みの上でどのように大口コレクターの意思とコミュニティの総意をすり合わせていくかは今後の課題となるでしょう。
まとめ
今回は、多数の有名NFTを保有しながらもメンバーの投票で解散が決定し、現在清算作業を進めている「ApeDAO」というNFTコレクターDAOを取り上げました。清算に至った過程は全て公開されており、それらを読み解いていくとDAOの各メンバーがどう考えて行動したのかが浮かび上がってきます。それらは興味深いと同時に、今後のNFT保有のあり方を考える上で重要な問題も提起しており、コミュニティ全体で議論していくべきテーマになるかと思います。
ディスクレーマー:なお、NFTと呼ばれる属性の内、発行種類や発行形式によって法令上の扱いが異なる場合がございます。詳しくはブロックチェーン・暗号資産分野にお詳しい弁護士などにご確認ください。
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寺本健人
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