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Saturday, April 9, 2022

10年で国内屈指のコレクターになった桶田夫妻の審美眼とは? 鈴木芳雄 連載「アートというお買い物」Vol.2 - GOETHE

美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が、”買う”という視点でアートに切り込む連載第2回。今回は10年ちょっとの活動で日本有数の現代アートコレクションに成長した桶田コレクションの話題です。桶田俊二・聖子(あさこ)ご夫妻は現代アート作品に出合うため、まめにギャラリーをまわり、海外のアートフェアにも出かけ、オークションにも出席する。自分たちの足を使い、目で極めた作品を多くの人に気軽に見てもらうべく、お披露目してきたが、今回は特に若手気鋭のアーティスト紹介の展覧会を開催! そんな桶田夫妻に、コレクターとしての“確かな目”の育て方を聞いてみました。

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草間彌生さんの圧倒的パワーに触れたことがすべての始まり

──コレクションの質の高さや趣味の良さ、そしてそれを気前よく公開していることで、桶田コレクションは一躍有名ではあるが、コレクションを始めたのは実はそれほど前のことではない。

桶田俊二(以下、俊二)  そうです。古美術の収集はしてたんですが、現代美術は2010年1月10日からですね。日付をはっきり言えるのは、その前の年の2009年におそらく再放送だったと思うんですが、草間彌生さんのドキュメンタリーをやっていたんです。草間さん、当時、80歳前後だったと思うんですが、一生懸命に力強く絵を描いてらっしゃるところを見て、すごいパワーだなと思って感動したんです。もちろん、作品も素晴らしかったんで、年が明けたら、ちょっとギャラリーに行ってみようと。そのドキュメンタリーの最後にギャラリーの協力クレジットが入っていたんですが、オオタなんとかって書いてあったので、104(電話番号案内)に電話したんです。
2010年だから、若い人たちはあたりまえにネット使ってますけど、私たちは何かあれば、104(笑)。「ギャラリーでオオタギャラリーってありませんか?」って聞いたんですね。すると「六本木になんか一つあります。オオタファインアーツというところが」って。なんだ、六本木か、家から近いねって言って出かけたんです。それでギャラリーに行ったけど、すぐに買えるものは無くて、話をして、「作品が出来上がったら連絡してほしい」と言っておきました。

──草間彌生さんクラスの作家だと、美術館やコレクターたちが何人も順番待ちをしているウェイティングリストがある。もちろん、それは単純な先着順ではなくて、作家やギャラリーの意向を反映した「売りたい度」を加味した優先度順だとは思うが、おそらく、ギャラリー訪問で渡してきた名刺からギャラリーが桶田さんのことを調べ、高い優先度を得たのであろうか。しかし、その時点で日本有数の現代美術コレクターになろうとは、本人も含め、誰も予想しなかった。

俊二 1ヶ月か2ヶ月した頃、新作が出来上がったと連絡が来たんです。インフィニティネット(無限の網)のシリーズです。白い網ですね。

桶田聖子(以下、聖子) 私もそのドキュメンタリー番組のなかで、草間さんがひたすら描いていたのを見ました。スペインに行ったり、ロンドンに行ったり、有名な美術館4カ所で展覧会をやるんですね。こういう人が、世界でも上の方に上り詰める人なんだなと、そんなことを思いながら。そのドキュメンタリーを私たちは、それこそ50回くらい見てますね。何回も何回も。

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Backside works.の作品。近年こういうストリート系にも力を入れている。

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上は山口歴《REVISUALIZE NO. 38》。エポキシ樹脂にスプレーペイントしている。

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左から、ロッカクアヤコ《Untitled》(部分)、花井裕介《We Will Fly Again》、花井裕介《Untitled》

俊二 草間さんの作品を集めることに夢中になって、新作はプライマリーギャラリー(作家が生み出した作品、いわば新品を扱うギャラリー)で購入できる。でもそこでは、我々が知るよりも前の時代の作品を買うことはできない。昔のも欲しいとなって、結局そういうのは国内外のオークションで購入したんです。草間さんが出ると落札していました。いちばん古いのは1952年の作品で、彼女がアメリカに行く前のものですね。ギャラリーにはプライマリーとセカンダリー(一度、市場に出た作品を買いとり、再び売るギャラリー)があるということや、オークションでも買えるということを知っていったんです。人に教えてもらったり、本で読んだりして。

初めてオークションでパドル(落札希望者に渡される番号札)を挙げたときはドキドキしてちょっと震えましたね。草間さんの初期の小さな作品でしたけど。そうやって、ギャラリーで買ったり、オークションで落としたりして、ある程度、コレクションの形が出来てきて、数もそれなりになっていって、ほかのアーティストの方にも広げていった。それが2013年から’14年にかけてです。村上隆さんとか奈良美智さんとか。そういう巨匠の人たちの作品を買って、さらにそこに続く人たち、例えば名和晃平さんや加藤泉さん、五木田智央さんの作品を買ったりですね。奈良さん、村上さんを買うようになった頃には海外のアートフェアとか、海外のオークションにも行くようになって、海外の作家も集め始めました。

──ギャラリーを回っている桶田さんご夫妻を見かけることがよくある。コレクターによっては美術品を投機や投資の対象として見る人もいるが、買う人本人が足繁くギャラリーに通うということは本当にアートが好きなんだということがわかるし、作家もギャラリーもそういう人に買ってもらいたいと考えるのは自然だろう。そうやってたくさん見るのがまず基本。

聖子 難しいと思えば難しいかもしれませんね。人によって好みとか違いますし。

俊二 例えば、色を見ます。色の出方が素晴らしいとか、すごくバランスがいいとか、形がいいとか、なにかそういうものが目に入ってきます。だからやっぱり数を見てとなります。そうすれば、これはいいよね、これはどうなのかなっていうことになる。訓練されてくるというか。

──たくさん見て、そして決断。コレクターとして作品に向かい合って、考えることや思い入れとかはあるのだろうか。情熱的に探し求め、冷静に判断すること。

俊二 どんなアーティストも人間である以上、制作に良いときもあれば、必ずしもそうではないときもあるのは事実ですよね。いつも、その人の一番よいものを買いたいと思うのは当然ですけど、なかなかそういうふうに巡り会えないこともあります。とりあえず、買っておこうかって買った作品もあるんですけど、やはりそういった波を感じてしまうことはありますね。好きな作家の作品だから買おうはダメなんだなって思ったこともありました。自分たちが見て、本当に良い、これはなにがなんでもに欲しいっていう作品を買わなきゃいけないんだよなっていう、あたりまえのことに気づくんですよね。

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桶田俊二さん。「日本の経済力を考えると、アート市場はもっと伸びていいはず」。背景の作品はTIDE《NURSERY》

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桶田聖子さん。「海外のビッグコレクターのおうちに招かれるときは本当に感動します」

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インタビュアの鈴木芳雄さん。「コレクターは現代美術シーンの重要なプレイヤーです。桶田さんもおっしゃってますが、多くの人に参入してもらいたいです」

──お金を出して、作品を購入する。好きな作品が届いて、自宅や仕事場に飾ることができる。さらにアートをコレクションすることで広がる世界もある。

俊二 美術のコレクターには、もちろんいろんな業界の人がいますよね。何かの先生だったり、お医者さんだったり。会社経営者だとしても、さまざまに違う分野の会社だったり。我々はファッションビジネスをやってきたわけですけど、ファッションの領域の人たちとのお付き合いというか、その枠のなかでの活動でしたけど、コレクターになって、アーティストとも接点ができるし、美術館やギャラリー関係者、コレクターの横のつながり、海外のビッグコレクターさんとも知り合いになれました。情報交換をしたり。有名なコレクターさんが日本に来たとき、うちのビューイングルームにも寄ってくれたり。あるいはこちらがマイアミのアートフェアに行ったとき、コレクターさんの家におじゃましたり。

聖子 そのおうちは、入口のゲートがちょっとしたトンネルになっていたり、普通にプールはあるし、部屋の壁には絵を3段掛けできるような天井高があって、そこの奥さまがウチに来たことがあるっておっしゃって。桶田さんのところ、行きましたよって。1人でいらしたわけではなくて、ツアーで十何人ってくるから、こちらは覚えてなくて。

──コレクションを続けていくのは、相当なエネルギーともちろん資金がいる。そして、それで得られるものは、まずお気に入りの作品。でも、それだけではなく、志や趣味を共有できるコレクター仲間とか、遠い土地の美術館やアートフェアのために旅に出る意欲、そしてそうやって導かれて出合うリゾートや温泉や美味しい食事だったりもする。それはもうプライスレスの世界だ。

※後編に続く

OKETA COLLECTION: THE SIRIUS
会場:スパイラルガーデン
住所:東京都港区南⻘⼭5-6-23 スパイラル1F
会期:2022年4月9(土)〜4月24日(日) <会期中無休、全16⽇間>
開館時間:11:00〜20:00
⼊場料:無料
※閉館時間は変更される可能性があります。当⽇の営業時間は、スパイラル営業時間変更のお知らせをご確認ください。
※ウェブサイトのページに登場した作品と展示作品は異なります。

Shunji&Asako Oketa
長年、ファッションビジネスに携わってきたのち、骨董の収集からスタート。2010年、草間彌生の作品との出合いをきっかけに、コンテンポラリーアートの本格的なコレクションへと大きく踏み出す。日本の作家は草間彌生、村上隆、奈良美智、名和晃平といったトップ・アーティストたちからごく若い世代まで幅広く、また海外の作家の作品は、ゲルハルト・リヒター、ヴォルフガング・ティルマンス、ジョージ・コンドなど巨匠の逸品から、ファッション、ストリート・カルチャーとアートをまたいで活躍するヴァージル・アブロー、カウズといった作家たちの作品までがそろう。

Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。東京都庭園美術館外部評価委員。

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